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桜井駅跡(Sakurai Station Tracks) Traditional Cache

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Hidden : 2/26/2012
Difficulty:
1.5 out of 5
Terrain:
1.5 out of 5

Size: Size:   micro (micro)

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Geocache Description:

JR島本駅近く。
cache size:nano

『続日本紀』には711年(和銅4年)の出来事として「摂津国嶋上郡に大原駅を設ける」という内容の記述があり、この大原駅が桜井駅のことであるとの説がある。京都から西宮へ出る西国街道に面している。

この駅跡は、「楠公父子訣別之所」として知られ、「太平記第十六巻」の「正成兵庫に下向の事」(湊川の戦い)において1336年(延元元年・建武3年)、足利尊氏を討つべく湊川に向かう楠木正成が、嫡男の楠木正行を河内国に帰らせたと伝えられている。(→楠木正成、桜井の別れの項を参照)

1876年(明治9年)に開通した東海道本線(JR京都線)は長らくこの地に駅を設けなかったが、2008年(平成20年)に島本駅がすぐ傍に開業した。ちなみに、同線と併走する阪急京都線の水無瀬駅と上牧駅は、それぞれ、「桜井ノ駅駅」(さくらいのえきえき)、「上牧桜井ノ駅駅」(かんまきさくらいのえきえき)の駅名で開業している。

桜井駅跡には、陸軍大将乃木希典筆「楠公父子訣別之所」の碑、海軍大将・元帥東郷平八郎筆「子わかれの 松のしづくに 袖ぬれて 昔をしのぶ さくらゐのさと」(明治天皇御製)の碑、1876年(明治9年)11月に駐日イギリス大使パークスが楠木正成の精忠に感じて、表に「楠公訣児之処」と刻し、裏に英文で因由を記した碑・大隈重信手植の松などがある。

「青葉茂れる桜井の」と唱歌に歌われたように、駅跡は森の中にあって静謐な雰囲気であったが、島本駅の開業により一変した。北側は駅東自転車駐車場の設置によって、南側は駅前広場の整備によって町立歴史文化資料館(旧・麗天館、大阪府立青年の家)まであった森が伐採され、静謐な雰囲気はなくなってしまった。

Additional Hints (Decrypt)

Zntargvp

Decryption Key

A|B|C|D|E|F|G|H|I|J|K|L|M
-------------------------
N|O|P|Q|R|S|T|U|V|W|X|Y|Z

(letter above equals below, and vice versa)