ここには、森鷗外の「妄想」と林芙美子の「放浪記」の文学碑があります。
林芙美子については Mikado Station (三門駅) を訪れてください。
森鷗外の別荘については UMEYA Shokichi villa ruin (梅屋庄吉別荘跡) を訪れてください。
— 妄想
目前には廣々と海が横はつてゐる。
その海から打ち上げられた砂が、小山のやうに盛り上がつて、自然の堤防を形づくつてゐる。アイルランドとスコットランドとから起つて、ヨオロッパ一般に行はれるやうになつた dûn といふ語は、かういふ処を斥して言ふのである。
その砂山の上に、ひよろひよろした赤松が簇がつて生えてゐる。余り年を経た松ではない。
海を眺めてゐる白髪の主人は、此松の幾本かを切つて、松林の中へ嵌め込んだやうに立てた小家の一間に据わつてゐる。
主人が元と世に立ち交つてゐる頃に、別荘の真似事のやうな心持で立てた此小家は、只二間と台所とからとから成り立つてゐる。今据わつているのは、東の方一面に海を見晴らした、六畳の居間である。
(中略)
河は上総の夷隅川である。海は太平洋である。
秋が近くなって薄靄の掛かつてゐる松林の中の、清い砂を踏んで、主人はそこらを一廻りして来て、八十八という老僕の拵へた朝餉をしまつて、いま自分の居間に据わつた処である。