ここには室町~戦国時代に布川(府川)城がありました。
1590年に豊臣秀吉が小田原城を攻めた際、城主の豊島氏は北条側について敗れてしまったそうです。
その後、徳満寺は本丸のあった今の場所に移されました。
徳満寺は真言宗のお寺で、地蔵菩薩をご本尊としています。
ここに所蔵されている間引き絵馬が有名で、飢饉のためやむなく子供を殺す母親と、そこから抜け出た魂が仏となっている様子は、民俗学者の柳田國男が幼少時に見て衝撃を受けたそうです。
徳満寺ではご本尊を毎年11月末に開帳し、下の集落「内宿」で地蔵市が開かれます。江戸時代からずっと続いており、その賑わいは赤松宗旦「利根川図誌」にも絵に残されています。地蔵市の期間と大晦日には境内の鐘をつくことができるので、タイミングが合えばぜひチャレンジしてみてください。
本丸と二の丸の間には琴平神社があり、江戸時代から奉納相撲が行われていました。
かつてはものすごい賑わいだったそうで、俳人の小林一茶がこの地を訪れ、「べつたりと 人のなる木や 宮角力」と詠んだそうです。
今でも神社前には土俵があり、9月に相撲大会が行われています。
第1ポイント:公開座標は徳満寺の石段下です。
向かって右にある石塔は何面あるでしょうか。:a
第2ポイント:N 35° 51.420 E 140° 08.406
有名な間引き絵馬の説明が書かれています。ここにある数字:b
第3ポイント: N 35° 51.411 E 140° 08.426
ここ徳満寺のある場所はもともと布川城の本丸でした。すぐ横にある役場が二の丸だったそうです。その間には抜け道があったことも記録に残されています。その深さ(尺):C
第4ポイント:N 35° 51.405 E 140° 08.340
3から4への移動は本堂向かって左の地蔵堂の裏を通っていくのがお勧めです。ここ石段に向かって右側にある石の道標に書かれている地名のうち、あてはまるのはどれでしょう:d 成田・・・1、龍ヶ崎・・・2、取手・・・3、我孫子・・・4
最終ポイント:N35°51.4(a/3)(b-4) E140° 08.3(C-5)(C-d)