【初めてジオキャッシングをされる方へ】
高価な物は入っていません。見つけることや知らない土地に行くことを楽しむゲームです。①キャッシュを見つける→②キャッシュの中のログブック(ログシート)にサイン→③キャッシュを元通りに戻す→④アプリで発見(未発見)ログを入力。楽しんでください!
長崎街道(ながさきかいどう)は、江戸時代に整備された脇街道の一つで、豊前国小倉(北九州市小倉北区)の常盤橋を始点として、肥前国長崎(長崎県長崎市)に至る路線である。57里(約223.8km)の道程で、途中に25の宿場が置かれた。
The Nagasaki Kaidō (長崎街道) was a road across Kyūshū from Kokura to Nagasaki, used by daimyōs for the sankin-kōtai, and also by the chief of the Dutch trading post at Nagasaki on whom a similar obligation of visiting the shōgun was imposed. Tokiwa-basi is the starting point of the Nagasaki Kaidō. The route stretched 228 km and took travelers approximately one week.

原田宿は、長崎街道の宿の一つで筑前六宿の南端にあり、肥前国と筑後国に接した国境の宿場でした。そのため「関番所」が置かれ、往来手形を調べる関番(番所役人)がいました。原田宿は九州で最も通行量が最も多い長崎街道の宿が置かれ、参勤交代を初め、長崎から江戸に向かうオランダ人などの外国人など多くの人々が往来していました。長崎街道最大の難所である冷水峠に向かう前に、鋭気をやしなった宿場町です。
日本全国の測量をした伊能忠敬の『測量日記』には、宿場に入ってすぐ右に関番所(通行手形を調べる所)があり、横に町茶屋(宿泊所)、右側に問屋(といや・旅行者に馬やこごの世話をする所)、左側に制札所(せいさいしょ・幕府や藩の法令を掲示する所)があったこと、さらに進んで博多道と長崎街道の追分に出ると、正面に筑紫大明神の鎮守の森があることなどが記されている。
This cache is hidden near the second Torii of Chikushi Shrine.
このキャッシュは筑紫神社の二の鳥居付近に隠されています。
Let’s go on a journey along the Nagasaki Kaido!
さぁ、長崎街道の旅に出かけましょう!
Please don’t forget to bring your own pen for the log book.
ペンをお持ちください。