

安養寺堰
安養寺堰は、ここから130m下流にあった宮地堰の老朽化に伴い、平成16年に完成した比較的新しい堰です。
昔の宮地堰は安養寺堰の完成後取り壊されましたが、新編武蔵風土記稿(文政年間:1830年頃編纂)によると、宮地堰が建設されたのは慶長年間(1596~1614)深井景吉によるものとされています。
深井景吉は、岩付城落城に伴い鴻巣、北本に落ち延びた、いわゆる鴻巣七騎の一人で、当初は今の北本市深井に居を構えていましたが、その後、徳川家康から与えられた現在の鴻巣市宮地に移住しました。
そして、深井景吉は宮地堰を造り300町歩(3km2)の土地を開墾するなど、この地一体に多くの田畑を開墾しました。
安養寺堰の機能は宮地堰と同様に農業用水取水のための堰ですが、安養寺堰の規模は圧倒的に大きく、屈巣用水路、西浦用水路、栢間用水路、外谷田用水路、新谷田用水路へ分水し、その灌漑面積は1,100haに及びます。