川崎長太郎は、小田原市出身の私小説作家。
相模湾の海岸縁にある電燈のない黒塗りの物置小屋に逼塞し、蝋燭(ろうそく)の灯りを頼りに小説の執筆に従事し、小説の鬼・宇野浩二に<半ばあきれ、半ば畏敬の眼ざし>をむけられ、昭和の文壇に足跡を残した作家だ。以前は、川崎長太郎の実家(箱根の温泉旅館を得意先とする魚屋)の店頭道路側に文学碑が設置されていたが、平成23年6月頃に「物置小屋」のさらに海岸寄り(波打ち際近く)に移動している。
「物置小屋に逼塞」と表現すると閉じ籠っていた印象を与えるのだが、それは大間違いだ。閉じ籠るどころか連日のように出歩いていたようだ。代表作「抹香町」に結実した度重なる抹香町通い(物置小屋から北東方向・徒歩圏内にあった私娼窟で40~50軒の平屋建ての娼家が固まっていた)、小田原駅西方の小田原競輪場に足を運んだり、市内で人妻との逢瀬を楽しんだり、小田原城址の市立図書館に通ったり、「チラシ丼」を食べに「だるま料理店」を度々訪れていたのは有名なエピソードだ。昭和28年頃、筆名が上がるにつれ、川崎にあこがれる女性ファンが次々と、薄暗い蝋燭(ろうそく)の灯りがたよりの「物置小屋」を訪れ始める(川崎が黙って返すわけがない)。<「物置小屋」を訪れる女性ファンが次々と現れ、娼婦を抱くのと変わらない一石二鳥のえげつなさ>と彼が書いたのは「「日没まえ」だ。