江戸時代、この土地には紀州徳川家、尾張徳川家、井伊家の屋敷があり、紀州徳川家と井伊家の境からは清水が湧き出していたため、この一帯は清水谷と呼ばれていました。なお、この清水を人工的に復元したのが現在の「清水谷公園」にある心字池です。
そして明治維新後の1878年(明治11年)、維新元勲三傑の一人の大久保利通が赤坂仮皇居へ出仕する途中に、この清水谷で石川県の士族である島田一郎らの手により、大久保利通が暗殺される「紀尾井坂の変」が勃発します。この事件は当時、世に衝撃を与え後の「清水谷公園」となった暗殺現場に、大久保利通哀悼碑が建てられました。
この「清水谷公園」は四季折々の景色を望めるのも特徴です。春には、園内に植えられた染井吉野やしだれ桜が花を咲かせ、公園に面した八重桜の並木道が辺りを桃色に染め上げます。また、秋になると紅葉や銀杏が色とりどりに色づき始め、季節の移ろいを感じられます。
大久保利通を取り巻く歴史と、それぞれの四季の表情を楽しめる「清水谷公園」。高層ビルに囲まれた場所でありながら都会の喧騒を忘れさせる「清水谷公園」は、お花見や紅葉狩り、歴史の名所巡り以外にも、園内のベンチに座って自然を感じながらリラックスするのもおすすめです。
千代田区観光協会ホームページより