焼夷弾・弾痕の保存について 八王子市は太平洋戦争終結の13日前、昭和20年8月2日未明に、米空軍のB29爆擊機 180機の空襲を受け、約450名が死没、2,000余名が負傷し、旧市街地の約80%の 家屋が焼失する被害を受けました。そのとき多くの市民が大和田橋の下に避難し、尊い命が助 かりました。 大和田橋の歩道上には、この空襲のとき投下された焼夷弾の跡が17箇所残っています。 車道の部分は過去の補修により、弾痕は残っていませんが、現在歩道上に残っている弾痕の 数から推測すると橋全体では約50個以上の焼夷弾が投下されたと思われます。建設省相武国 道工事事務所では、この大和田橋の補修工事にあたり焼夷弾の弾痕を保存し太平洋戦争の痕跡 を永く後世に伝えるものです。 弾痕の保存については、上下歩道上各1箇所は透明板で覆い、他15箇所は色タイルで、そ の位置を示してあります。