現在の上野村・神流町付近は徳川氏が江戸に幕府を置いた時に幕府の天領地となり、山中領として代官が支配していました。
山中領は上山郷・中山郷・下山郷の三郷に分けられ、黒澤家は代々上山郷の大総代を務めた旧家です。
当時、上山郷には鷹の保護地区が27か所指定され、毎年、将軍家に「鷹狩り」の巣鷹を献上していました。
黒澤家は代々、その御林守として御巣鷹山の管理にも当たりました。
旧黒澤家住宅は19世紀中頃の建築と考えられています。
二階は養蚕のために使用されていたため広い板の間となっています。
時代劇などでよく見る、代官が使用する「おしらす」もあり一般の農家とは違う造りを感じられます。
4つの続き間となっている奥座敷には、表と裏面で別々の柄となる透かし彫りが施された欄間があります。