武田信玄が金山開発中に発見した隠し湯であるという伝承をもつ。効能の高さから湯治場として栄えた。明治には「国民新聞」の依頼で紹介文を書くため飯田蛇笏の案内で日野原から増富を訪れた高浜虚子をはじめ、井伏鱒二や田中冬二をはじめ多くの文人や画人が訪れた。
後に、東京大学の木村博士が我国の放射温泉の調査を行い、ラドン及びラジウムの含有量を継続分析した結果、増富温泉が世界屈指であることがわかりました。
キャッシュは温泉街の中心から少し上に登った橋に設置しました。
例年、2月に須玉町増富のシンボル『瑞牆山』を象った巨大な氷像が増富温泉峡に登場します。また、夜には、青や緑にライトアップされ、昼とは違う幻想的な世界を繰り広げます。
これに併せ、温泉峡の真ん中を流れる本谷川に架けられた湯橋下の河川敷で氷まつりが行われます。
キャッシュにはペンが入っていません。