現在の上田高校の敷地は、「御屋形」という昔の藩主屋敷の跡です。
徳川軍を散々苦しめた上田城でしたが、関が原の戦い後に城は破壊されたため、上田に戻った真田信之はここに屋敷を建てて住むことになりました。
信之は、上田城を建てた真田昌幸の息子で、真田幸村の兄です。
彼の幕府に尽くした努力により、真田家は江戸時代を通じて家を残しました。
しかし、真田家に苦しめられた将軍秀忠の、いじめとも言える嫌がらせで松代に移りました。
元々温厚な性格の人物だったといわれる彼も、松代に転封された際にはこれに不服を持ち、
検地資料などの重要書類を焼き捨てた上で、さらに上田城の植木や燈籠などを全て引き抜き、持ち去ったと言われます。
93歳という、当時ではかなりの高齢まで生き、戦国時代を知る武将として「信濃の獅子」と言われて幕府でも一目置かれたそうです。
真田家が去ったあと、城は復興されますが、御屋形はここに残りました。
明治時代以降、屋敷は壊されてしまいますが、表門や堀は残り高校の正門となっています。
キャッシュは、正門近くに設置されています。
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The location of the Ueda high school is a site of old load residence.
Sanada army fought against Tokugawa army by Ueda castle,
but the Sanada Nobuyuki(load of castle) is going to build a residence and live there here because a castle was destroyed after the whole country rule of Tokugawa family started.
After that a castle was revived, but a mansion was left here.
A residence is broken after Meiji Period, but the front gate and a trench are left and are a front gate in a high school.
Cache is installed near the front gate.