緑に包まれた市民の憩いの場所「平和台公園」にそびえ立つ巨大なモニュメント、平和の塔。37メートルという高さは、1940年建造当時としては日本一の高さを誇っていました。設計は日本サッカー協会のシンボルマーク「八咫烏」を制作したことで知られる彫刻家、日名子実三が担当、その独特の意匠は御幣をモチーフにしており、建造当時は八紘之基柱(あめつちのもとはしら)、通称「八紘一宇の塔」と呼ばれていたそうです。
正面には太平洋戦争中に軍部が日本の海外進出を正当化するためのスローガンとして利用された言葉「八紘一宇」の文字が刻まれており、四隅には正面(東側)から時計回りに
漁人である『奇御魂』(くしみたま)、
武人である『荒御魂』(あらみたま)
商工人である『和御魂』(にぎみたま)、
農耕人である『幸御魂』(さちみたま)
の四魂像(信楽焼で高さ4.5m)が配置されています。
広辞苑によれば「世界をひとつの家とすること」という意味の「八紘一宇」の精神を体現するため、その土台となる1700個以上の礎石は陸軍の呼びかけで国内はもとより旧満州国、香港、台湾を含む中国全土に駐屯する多くの中国派遣軍部隊からも送られてきたもので、史跡の一部を切り出したかののようなレリーフが彫られた切り石も所々に見受けられます
終戦後、「八紘一宇」の4文字は削り取られ、四隅の像も撤去されましたが、東京五輪翌年の1965年、文字と像は復元されました。『日本書紀』からの引用とも言われていますが、明治期の造語だともいわれる「八紘一宇」。大日本帝国の東アジア侵略の大義名分として利用されていた言葉が刻まれた塔が「平和の塔」という名前に変わり、今や観光名所のひとつとなっています。公式サイトの説明文には建立の経緯、礎石や言葉の由来などにはいっさい触れられていません。
キャッシュは平和の塔のふもとに設置しています。
2017/12/09
lostが多かったため、設置場所を移動しています。ペンをお持ちください。
※注意※
探す時は周囲の方々に気づかれないよう、静かに、さりげなく、こっそりと探してください。無事見つかったら中のログシートにサインをして、ジッパー袋の口とコンテナをきっちり閉めて必ず元あった場所へ戻してください。
時間があれば日本全国あちらこちらの地名やレリーフが刻まれた切り石を礎石の中から探してみてください。2階の灯火台のあるフロアは市街地や遠く日向灘を望む展望所として毎日開放されています。(雨天時以外、9:00 - 16:00)
また、塔の正面、広場中央に八角形の踏み石があり、この上に立ち、塔に向かい手を打つと、正面の塔に跳ね返った音が「ビーン」と乾いた不思議な音で響きます。是非お試しください。

県立平和台公園
http://h.park-miyazaki.jp/
〒880-0035
宮崎県宮崎市下北方町越ヶ迫6146
0985-35-3181
第1駐車場 5:00~22:00